要介護妖怪爺だった黒ラブ「ラブ爺」の想い出、ヘタレのキャリチェン・きいちゃんの毎日、それに管理人の思いつき話を綴ります。
スポンサーサイト
--年--月--日 (--) | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
機械オンチ?
2006年03月29日 (水) | 編集 |
以前は自分でやるしかなかったので、大抵解説書を見ながら何とかやっていたのだが、
最近はターミ兄が下請けをやってくれるものだから、さっぱりわからなくなってしまった。

今朝も、2階のパソコンから送ったはずのメールが届いてない事が判明。
(ラブドルさん、ありがとう。)
あわてて階下のノーパソから送り直した。
(太陽さん、ごめんなさい。)
そう言えば、アメリカのダンス会社に出した文句メールの返事が来ないのも
たぶんに怪しい
のでこれも書き直して再度送った。
まったくもぉ・・・

デジカメに関しても、お子ちゃま操作の粋を出ない。
はなからやろうとしていないからだ。

昨日も、ラブ爺がご飯につられて自分で立ち上がり、のんびり食べている様子を写したら、
容量オーバーで取り込めなかった。
「何で、こんなに長く撮ったのよ?」
とターミ兄が言うので、
「いや、ずっと立ってたし、珍しく食べた後もつぶれないで歩き回ってたから撮ろうと思って。」

う~ん、容量のことなんて何にも考えなかった。
なんせ自分で取り込んだことが一度もないので、思いつきもしないのだな。
何事も自分でしないようになると、バカになるようだ。

ところで、先日ご紹介したユキちゃんのおかあさんが、コメントのお返事に、
天国に近い子は、限りなく優しいまなざしをしています。」
と書いておられたので、爺の顔をまじまじと見てみた。
じぃぃぃぃ~~~~
するとラブ爺、じろっと人の方を見て、
「なんじゃい」
そしてしばらくすると、
「ご飯じゃないなら、わしは寝るんじゃ、ボケ
とひっくり返って寝てしまった。

その目つきは(まなざしと言うより、目つき)あんまり優しくないぞ~
優しくないどころか、ちょっと険悪にすら見えたがな。

じゃあまだまだ天国は遠いのだろうか。
そう考えると、うれしいような・・・

爺が、
「みなさん、ありがとう。わし、もうご飯いらないねん。」
とか言ったらあせる。

ユキちゃんのように、良い子で長生きという素晴らしい子ももちろんいるわけだが
ことわざ的には「憎まれっ子、世に・・・」のケースの方が多いかもしれない。
そして、爺はこちらに近いと思われる。

だから、今しばらく爺はわがままで自分勝手でうるさくて卑しくて、それで良い。
頑張れ、ラブ爺。
今さら良い子にならなくていいから。(なれないだろうし、たぶん)

本日動画は失敗の巻なので、ありません。
写真は、枕いっぱい爺。

スポンサーサイト
経験者に学ぶ
2006年03月24日 (金) | 編集 |
別にわんこのお世話に限った事ではないが、実際にやった事のない人の
意見ほどアテにならないものはない。
いわゆる"受け売り”だが、これが大好きな人がいる。
ものすごく大きな事を言うので、ホンマかいな?と思っていると
案の定自分の事じゃないんだな。
そう言う人の意見は聞かない事にしている。
なぜなら何の参考にもならないからだ。

対して、実際に経験した人の言葉には、何気ないなかにもはっとさせられる事が多い。

まだラブ爺が若かりし頃、近所にものすごい老犬がいた。
中型犬なのだが、御年18歳だとかで目は真っ白、腰は曲がって足は爺よりヨヨヨ。
たまに散歩で見かけると、30分たってもほぼ同じところにウロウロしていた。
今の爺と同じで、さっぱり進まなかったらしい。

この目も見えず耳も聞こえず、歩く事もままならないような老犬には、
さすがの闘争的な若造ラブ爺もただ見ているだけだった。
なんじゃ?この爺さんは。」
と言う感じだったのだろう。
今、自分がそれに近くなってきているとは想像しなかっただろうが。

このスーパー老犬をお世話していたおばさん曰く、
「見えないし聞こえないけど、私のことはちゃんとわかるのよ。」

そして、顔を拭いてやったりブラシをかけてやったりすると、それはそれは嬉しそうにするのだそうだ。
もういとおしくて
優しげなおばさんは、にこにこしてそう言っていた。
きっと行き届いた介護だったのだろう。

老犬介護は大変だ。
もんちゃんのお友達の15歳のべんちゃんも、夜中に何度かトイレに起きるのだそうだ。
お世話するおかあさんももちろん偉いが、それに対するdandyママさんのコメントが印象的だった。
「私もまた起こされてみたいなあ」

生きているからお世話が必要なのであって、言い換えれば大変なのは生きている証拠なのだ。
そう思えば寝うんくらい、仕方ないか。
いなくなったらお世話も出来ないもんね。

サンタ君のおかあさん、でめきんととさんの言葉も印象的だった。
「介護は出来るだけ楽しく。今考えてもしょうがないことは考えない。」
そうだよね。起きてもいない事でくよくよしたって何にもならない。

些細なことでごちゃごちゃ言う人間達の、なんと小賢しいことか。
やる人間は、黙ってやっている。
そう言う人から学ぶ事は多い。

こういうステキな飼主さんと反対に、老犬を粗末にする人。
太陽さんが、
「そう言う人はいい老後を送れないから」
と言っていたけど、その通りだ。
もっと言わせてもらえれば、老後そのものもないかもね。
わんこは絶対呪わないから、代わりに私が呪ってあげるよ。

人の振り見て我が振り直せ。
「ああいう人にはなりたくないよね~」
と言う人にはならないようにしよう。

写真は、お会いした事のないべっちさんからいただいた、中華枕で寝る爺。
お気楽御気楽。でも目つき悪いなあ。



公園で
2006年03月19日 (日) | 編集 |
きのうの土曜日は、舞岡公園で湘南のkoaさん一家と一緒に散歩のお約束。

koaさんは、15歳のMix犬コアちゃんのオーナーさん。
一人でお散歩するより刺激があったほうが良いので、お誘いしてみたら
わざわざ湘南台の方からいらしてくださった。

待ち合わせは、駐車場に12:30。
ちょっと早め到着した私とラブ爺が、公園の入り口付近をウロウロしていると間もなく、
来た来た。コアちゃんとパパ・ママ。

ラブ爺の半分程度の大きさのコアちゃんは、15歳だがフットワークは爺よりずっと軽やかだ。
やはり大型犬と中型犬の違いなのだろう。
でもこのコアちゃん、実は癲癇持ちなので気をつけていないといけない、とのこと。
パパとママは、終始コアちゃんの動きにとても注意をしてらした。
15歳のわんこの飼主さんならではの気配りである。

コアちゃんと爺は、この日が初顔合わせだった。
爺はもはや誰でもOKになっていたが、コアちゃんはちょっと警戒していたようで
あまり近づくと嫌~なお顔をされてしまった。
でも爺は全然お構いなし。

そして連れ立ってブラブラ歩く事30分あまり。
やはりにぎやかな方がラブ爺の気分が良いのだろう。
たくさんお散歩する事が出来た。
そしてまた、ウォーキングうんpをご披露してしまった・・・

ちょっと疲れたので休憩しているところに、歯医者に行っていたターミ兄も合流。
芝生に座って、みんなでサンドイッチなどを食べ、ちょっとピクニック気分である。
疲れて半分寝ていたはずの爺も、ちゃっかり起きておたかりおたかり

そうこうするうち、天気予報の通りだんだん日が翳ってきたので、お開きとなった。
双方、老犬をどっこいしょと車に乗せ、走り出したらなんと雨がぽつぽつ。
いやいや、タイミングが良かった。
日頃の行いが良いのだろう。皆濡れずにすんだ。

かくしてちょこっとの時間だったが、またしても爺は女の子と気分転換をする事が出来た。
お陰さまで今朝は6:30までよく寝ていてくれた。
お腹も治ったし、良かったね、ラブ爺。

最後には仲良くお昼寝するコアちゃんと爺。




死刑廃止論
2006年03月15日 (水) | 編集 |
何だかブログ向けの話題ではないのだが、ちょっくら考えてしまったので
書いてしまおう。

山口の光市母子殺人事件の口頭弁論に、被告弁護士が出廷しなかったという
異例の事態については、すでにTVや新聞で報道されているので皆さんご存知だろう。
訴訟遅廷が目的であることは、素人目にも明らかである。
この担当弁護士達が、人権派で死刑廃止運動をしているとかで、
それってどうよ?」
と疑問に思ってしまったのだ。

別に私は死刑推進派ではない。
しかし、日本の刑法はかねがね甘いと思っていた。
今まではきっと、それほど凶悪かつ猟奇的な事件が頻繁に起きなかったので
それで用が足りたのだろう。
しかし、時代の流れと共に犯罪の種類も増え、手口も巧妙になり、凶悪度も増してきた。
刑法がこのままで良いとは思わない。

人権人権と言う人がいるが、この人達の言う「人権」とはなぜか加害者の事ばかりだ。
じゃあ被害者の人権は?
人権と言うのは、「人の権利」であって畜生以下の奴に人権なんてあるのか?
何もしていないのに殺されてしまった、この山口の母子の人権はどうなっているの?
反省の色も見えない加害者の人権を、そんなに守る必要があるのか?

加害者の更生のために、と言うのだが、悪いけどそんなに簡単に更生するのだろうか?

私はそうは思えないのである。
だいたい18歳なんて、少年じゃない。
法律で保護するには、十分すれっからしだ。

だから私は、現時点では死刑賛成にならざるを得ない。
この山口の母子殺人事件の被告は、死刑に十分値すると思うし、
正直たぶん生きていても、全然人のためにも世のためにもならない。

もっと正直に言えば、とっとと殺してしまえ、と言いたい。

動物に関する法律もそうだ。
たいがい手ぬるい。
人間だって満足に守ってもらえないのだから、犬猫なんてとうてい守っては
もらえない。
愛犬が殺されたって、器物破損くらいにしかならないのである。
仕返しに、もし私が犯人を後ろから木刀でぶん殴ったら、私のほうが捕まってしまうのだ。

なんだかおかしい

やっぱり人を殺さば穴二つ、じゃないけど、「目には目を、歯には歯を」としないと
単純に不公平なのではないか。

結局、自分の身は自分で守るしかないのだろうか。
でも私とかターミ兄が相手をボコボコにすると、過剰防衛とかで書類送検なんかに
なるんだぜ。

おっかしいよなあ。
ここが変だよ、ニッポン。

「わんこにはわからん」(ラブ爺)
きんさん・ぎんさん
2006年03月14日 (火) | 編集 |
もう何年も前に亡くなったのだけれど、双子のご長寿姉妹きんさんぎんさんと言う
ちっちゃなおばあちゃん達が、あちこちで活躍されていた事があった。

双子の姉妹がそろって100歳を迎えたのは、珍しいしめでたい、と言うことで
人気があったのだが、当初私は、
「こんなお年寄りを引っ張りまわして、日本のマスコミはなんて節操がないのか
と思っていた。

ところがインタビューなどを聞いてみるとどうもそうではないらしく、二人とも楽しんでやっていたらしい。
生まれてこのかた100年間(!)、やった事もないことにあれこれ挑戦し、たくさんの人に会えるのが楽しいのだ
と雑誌か何かのインタビューで読んだ事がある。

初めてのTV出演、雑誌のカバーガール、CD発売、海外旅行、そして生まれて始めての
確定申告さえ、きっと楽しんでいたのだろう。

ハードスケジュールのように見えたが、決して無理をする事はなく、
疲れたら
「ハイ、ごめんなさいよ。」
と所構わずお休みしてしまったのだそうだ。
すごい、自然体!

それでふと思った。
たぶんラブ爺も人間の100歳に近いのだろう。
でも最近彼の周りは、なかなか賑やかだ。

15歳を過ぎて初めて旅行に行き、お友達とカフェにも行き、広い公園に散歩に行き、
マスコミではないけれど、ネットで皆さんに見ていただき、ちょっと名前を覚えていただいた。

なんとなく、きんさん・ぎんさんに似ていないだろうか?

似ていたら良いな、と思うのである。

その後きんさんもぎんさんも107歳だか108歳まで生き、相次いで
すぅ~っと静かに亡くなった。
どちらが先に亡くなったか忘れてしまったのだが、なくなる直前に
このまま寝ちょる
とおっしゃったとか。
本当ならこれまたすごい。そのまま亡くなられたのだから。

そして、残された方のおばあちゃんがおっしゃった台詞がまたすごい。
「あんた、(亡くなるのが)早すぎるって私は思ったの」
108歳はまだまだなのだろうか。

気丈にインタビューに答えたあと、まもなく後を追うように亡くなったと記憶している。

お見事な人生だったと思う。

そう言えば、貯金の目的だかを聞かれたときに、
老後のため
と答えていたっけ。
やらせだとしても、たいしたもんだわ。

爺もあやかりたいと思っている今日この頃である。
無理はいけないが、甘やかしもいけない。

やっぱり自然体が一番良さそうだ。

写真の爺:「ハイ、ごめんなさいよ」と勝手に一休み。






自然体
2006年03月11日 (土) | 編集 |
今朝もまたまたラブ爺の寝うんで起こされた。

5時くらいにもぞもぞやっているので、寝返りが打てないのかしらんと
毛布をどけてみたら、何やら黒い物体が・・・
電気をつけてみてみると、そこには半熟の寝うんが壁に押し付けられて
ぺしゃんこになっていた。
うげ~まただぁ。
放置したまま寝るわけにはいかないので、片付ける。

しかし、当の爺は私が片付け始めると再び寝てしまった
お尻を拭いている間も、しっぽを拭いている間も、人事のように寝ている。
そりゃあね、起きていたからって別に何のお役にも立ちませんわ。
だから寝ていて良いんだけど、何と言うかその~、無駄な事をしないと言うか、
よく言えばとっても自然体なのである。

簡単なことを難しくするのが、人間の悪い癖かもしれない。
シンプルで良いじゃないか。
余計な事をするから、ストレスが溜まるんだよ。
爺を見ていると、時々そんな気がする。

例えば、爺には不眠症はあり得ない。眠ければ寝ればいいのである。
リラックスもお手の物。人間のように、リラックス法だの呼吸法だの、
いろいろ特別な事を習わなくても、自然にゆったりしている。

執念深い性格ではあるが、反面あきらめも早い。
どうにもならない事に対しては、
あっそ。」
とあっさり納得してしまう。
無理をしている訳ではないので、ストレスを感じる事もないらしい。

歩きたければ歩く。
寒くて動きたくなけれは、太巻き寝

それで正しいと思う。爺はわんこだから、それで良いのだ。
多分、人間も根本的にはそれで良いのだと思う。

まあいつでも眠いから寝る、と言うわけにはいかないが。

ところで、爺にお洋服をくださった太陽さんから、こんなのがまわってきました。
おもしろそうなので、ちょっと頭の体操みたいにやってみましょう。



■回してくれた人の印象(太陽さんのこと)
とにかく優しい。とくにわんこには優しい。
明るい家庭的な人とみた。


■まわりから見た自分はどんな人?
強引、ハチャメチャ、おせっかい。
ところどころ理解不能なおっちょこちょい。


■自分の好きな人間性を5つ述べよ
・言い訳しない(逃げない)
・いい年こいたら大人になる
・勇敢
・嘘をつかない(自分にも他人にも)
・気配りが出来る


■嫌いなタイプを5つ述べよ
・自己中
・うそつき
・ガキみたい
・非論理的(感情的)
・思いやりが無い


■自分がこうなりたいと思う理想像
天使のように細心に、悪魔のように大胆に。(なんちゃって)
強くてたくましくて、やさしい人。


■自分を慕ってる人に叫んでください
慕ってる人って、誰じゃ?
人じゃないけど、爺かな。

寝うんでも何でも良いから、好きなだけ生きろや~
(でもあんまりやらないでね)

■そんな大好きな人、5人にバトンを回して下さい
う~ん・・・
活きの良いユッキーさん・大人の女性dandyママさん・気配りのTOMYさん・
優しいラブドルさん・自然体ラルママさん

他にも思いついたんだけど、調子の悪そうじゃない方とか忙しそうじゃない(と思われる)方に
しようと・・・
もし忙しかったらごめんなさ~い。


本日の爺写真:昨日は天気が悪くて撮れなかったので、
先日の長い散歩のあと玄関で寝る爺、です。












迷惑な奴ら
2006年03月07日 (火) | 編集 |
今朝自分の日記を開けてみたら、コメントが一つ増えていた。
どれどれ、どなたかな~なんて思ってみてみたら、エロサイト付きのくだらないコメント。
なるほどね~こういうのが来るわけか。
「馬鹿野郎!おととい来な!」
とレスしてやろうと思ったが、あまりにもくだらないので即刻削除した。
無差別に送りつけてるんだろうけど、暇と言うかアホと言うか。

そう言えば昔、東横線に乗っている時、目の前に座った悪役みたいなおっさんがしきりに人の顔をちらちら見ていた事があった。
「何だこの野郎、ガン飛ばしやがって。痴漢だったらホームに突き落としてやる。」
と思っていたが、特に何もしていない様子。
なんだ~と思って家に帰ってきて、持っていた買い物袋を開けたら
なんとエロ生写真が一枚出てきた。
だからちらちら人の顔を見ていたのか・・・
腐れ親父が!

だからなんだっつうのよ、ってな奴が多すぎませんかね。
一つには暇なんだろうけど、暇だったら真面目に働けよ。

さきほどシニアーズのBBS相談室を見たら、わけのわからないことを言って
息巻いている奴がいた。
ユッキーさんがかみついていたけど、若い彼女がかみつきたくなるのがわかるような
そんな失礼な意見だった。
相談者のメアままたんさんや管理人のwmamaさんは穏やかにかわしていたが、
読んでいてとても不愉快だった。
結局意味が無いので削除されたが、どうしてこういう事をする奴がいるのか。
何のメリットがあるのか。
愉快犯の一種なんだろうか。
それとも人間的に何かが欠落しているんだろうか。
人様のサイトであまりガミガミ言うわけにはいかないが、自分のサイトだから言っちまえ!
「うっせえんだよ。知ったかぶりするんじゃねよ。空気の読めない奴は
北朝鮮かイラクに行っちまいな!」
ふん。

迷惑と言えば、ラブ爺も結構迷惑なことをする。
意味不明のパオパオもそうだが、台所の真ん中に寝ることや早朝のゴソゴソなども
かなり迷惑だ。
迷惑だが、なぜか人間の迷惑行為と違って、
「しょうがないなあ」
で終わってしまう。

何でかなあ。

本日も動画は撮り損ねました。
鈴さんのオススメで、寝姿でも・・・と思ったのだけど、あまりにも動かないので、う~ん・・・
こんなの面白くないよなあ・・・
何を撮ったら良いんだべか。

そんでお写真は、とぼとぼ歩く爺。
これも全然躍動感がありましぇん。

気の話
2006年03月05日 (日) | 編集 |
星の王子様”の中に、
「本当に大切なものは、目に見えないんだよ。」
と言う言葉がある。

マリリン・モンローがJ・ディマジオにプレゼントをした際その言葉を添えたのだが、ディマジオは
「何だ、それは?」
と理解せず、モンローは非常にがっかりした。
そんな話をどこかで読んだ事がある。(私の記憶が間違っていなければ)

目には見えないけれど確かにあるもの、その中で私が信じているものに
"”の存在がある。

気使い、気まぐれ、弱気・強気、短気、気違い・・・
目には見えないけれど、日本人はその存在をどこかで感じ取っていたのではないか。
日本語の中に、”気”を含む言葉がたくさんあるのは、その証しではないかと思うのである。

私は10代の終わりから30代半ばまで、ずっと合気道をやっていた。
合気道と言うと、関節技をかけて相手を放り投げる武道だと思われているかもしれないが
私の学んだ流派は「気の勉強」に力を入れていた。

相手を投げる際にも、まず相手の気を知る・相手の立場に立つ、相手の気を尊ぶ・相手を導く、
と言った事を教えられ、体の動きより気の動きを学ぶ事を重視していた。

その経験は、仕事をする際にも人間関係を円滑にするためにも、とても役に立ったと思う。

教えられたなかで、未だに心に残っている言葉がいくつかある。
例えば、
「あなたの言う事は正しい。でも私はあなたが嫌いです。こう言われたら
どんなに素晴らしい事を言っても、相手には伝わらないんだよ。」
と言う言葉。

これは生徒、特に子供を教える際に私の教訓となった。
そのためかどうか、とっくにレッスンをやめた生徒が、いまだに年賀状や
メールをくれるのは、とても嬉しい。

他にも、
「心が体を動かしているんだよ。ラーメン屋に行きたいと思ってすし屋に行く人はいないでしょう。」とか
「もとの気と書いて本気と読む。これがなくては何も始まらないんだよ」
などなど。

念ずれば通ずる、と言うのも私の好きな教えだ。
だからしつこくなってしまったのかもしれないけれど。

この気の力を使って相手の弱ったところを治すのが、気の療法だ。
私などは修行が足りないのであまり効かないが、それでもラブ爺がお腹を壊した時など
お腹に手を当ててやることにしている。
治れ~治れ~
と念じながら。
するとお腹が動き始めてゴロゴロいう事がある。そして暖かくなってくる。
劇的には効かなくても、少なくとも害はあるまい。

動物は気の力を素直に感じてくれる。
人間も、仲良しこよしの人は気を感じやすい。
だから別にあれこれ言わなくても、わかる。
わかるから言わない。

マリリン・モンローは、ディマジオにそんな事を言いたかったのではないだろうか。

でもモンローが亡くなった後も、ずっと花をたむけたのはディマジオだと言う。

ディマジオさん、良い人だったんだろうな。
男性は良い人のほうがいいよ。(それが言いたかったのか?)

本日、動画は撮れませんでした。
代わりにラブ爺の、ちー写真をば。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。